Story

img0412歳の少女ヴィオレッタ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は、優しい曾祖母に育てられてきた。かつては画家で今は写真家を目指している母アンナ(イザベル・ユペール)は留守がちで、娘たちとは別に部屋を借りて寝起きしている。複雑な家庭事情の中で暮らしている3世代の女性たちはお金がなく日々の暮らしにも困る有様であった。

ある日、ヴィオレッタはアンナに自室に招き入れられる。厚いカーテンに閉ざされた光の入らない部屋は、アールデコ風の家具や鏡、妖しい香り漂うオブジェで埋め尽くされていた。娘に「ママは写真を撮っているの」と切り出したアンナは、ヴィオレッタの三つ編みの髪をほどき、白いレース・ドレスに着替えさせ、写真を撮り始める。母と遊んでいるような感覚が楽しく、母にこたえ言われるままにポーズを取るヴィオレッタ。

img01学校でのヴィオレッタは、授業中もポーズの練習に余念がない。そんな娘をアンナが放課後に迎えにくる。保護者会にも来てほしいと訴える娘に対し、母は他の取り柄のない凡人たちと自分たちは違う、行く必要はないと言い放つ。そして、画家エルンスト(ドニ・ラヴァン)のアトリエにヴィオレッタを連れて行く。そもそもアンナにニコンのカメラを与え、彼女が写真を撮るきっかけを作ったのは、このエルンストだった。アンナの写真を見て、彼は「絵より写真の方が才能がある。続けることだ」とアドバイスする。そんな母とエルンストを退屈そうに眺めていたヴィオレッタは、エルンストと母が親密そうにする姿に不快感を募らせ、彼の絵をメチャクチャにしてしまう。帰り道、「彼はママの恋人なの?」と問う娘に、せかせかと歩きながら「厳密にはそうじゃない。ママは肉体恐怖症で人間の人体が怖いの」と告白するアンナ。

img06ヴィオレッタの身を案じる曾祖母の祈りとは裏腹に、母娘のフォトセッションはエスカレートしていく。ヴィオレッタの衣装はレースのドレスから、シースルーやスパンコールのレオタード、黒ストッキング、ガーターベルトへ。赤いルージュに濃いアイメイクを施して、葬式用の花輪や十字架、髑髏や壊れた人形などを手に、ヴィオレッタは妖婉なポーズでしなを作る。さらに、アンナはヴィオレッタのドレスをはぎ、脚を開かせたり過激なポーズを要求するようになっていく。

やがてアンナの個展が開かれる。新進アーティストの仲間入りを果たしたアンナの評判はヨーロッパを駆け巡り、写真も高値で売れ始めた。ある時、母娘はシド・ヴィシャスとのフォトセッションのオファーを受けて、ロンドンへ飛ぶ。シドにお姫様のように扱かわれ、気をよくしたヴィオレッタだったが、翌日撮影が始まると、服を脱いでシドとのキスを求める母の指示を拒んで撮影から逃げ出してしまう。この日を境に、ヴィオレッタはアンナに利用されていることへの不満を爆発させるようになる。

img03やがてヴィオレッタを守り続けてきた曾祖母が遂にこの世を去る。アンナが売った写真が男性誌のカヴァーを飾り、学校でも「ヌードモデル」と囃されていじめられるヴィオレッタは孤独を募らせてゆく。一方、アンナの写真は話題を呼ぶと同時に倫理上の議論を巻き起し、児童虐待のかどで裁判所から保護者失格の烙印を押しされるアンナ。ヴィオレッタの親権を失いそうになったアンナは弁護士に救済を求めるが、ヴィオレッタの母に対する嫌悪は募るばかりだった。

イリナ・イオネスコ写真集『 エヴァ』とは?

book女流写真家のイリナ・イオネスコは、実の娘エヴァが4歳から13歳の間に撮影をした写真集(「鏡の神殿(Temple aux Mirios)を1977年に発表した。バロック的審美性で貫かれた官能的な写真集は、バロックエロスの寵児としてもてはやされ、高い評価を受けた。しかし、作品が広まっていくにつれて愛娘をロリータ・セックスのアイドルに仕立て撮影を行ったイリナの作品は「洗練された悪趣味」とも評され道徳と倫理をめぐってフランスのみならず、アメリカ、ヨーロパ、日本でも大きな話題となった。しかし、シュルレアリスムとバロックの混沌とした写真は世界中で今なお高い評価を得ている。そんな世界的な評価の高さも手伝い2004年には初めて1冊のモノグラフにまとめあげた写真集『エヴァ』が日米で同時出版されたが、北米市場における流通トラブルにより米国版元が突然事業閉鎖。作品集は世界の市場から消え去り、写真集そしてエヴァのシリーズは再び幻の存在となる。その後はプレミアとなって取引されていた。しかし、その様な背景から増刷を望む多くの日本のファンの為に、2011年には日本語限定復刻版が発売された。

agnes b papabubble カンヌ映画祭を騒然とさせたフランス映画「ヴィオレッタ」。映倫問題に揺れる中、監督来日を実現し、全国公開をめざす! ヴィオレッタの映画チケット購入 映画券のネット通販